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2020
02/24

50代からが断然面白い!人生100歳時代と聞くと、正直気が重くなる人への処方箋【Vol.9】「分からない」についてのお話


人生100歳時代と聞いて、心躍る人はなかなかに少ないのでは。

ということで、ここはそんなあなたのために、現在進行形のシニアライフ(この言葉もあまりそそりませんが)から見えてきた、あんなことこんなことのご紹介。 

立春も過ぎ、いよいよ2020年もオリンピックに向けてまっしぐらという時期なのですが、結構ここにきて寒さ本番、新参のウィルス騒ぎもあり、どうも調子が出そうで出ないと言うか…なかなか先行きは「分からない」ものです。

「変わるの? 変わらないの? 普段の生活」

人生100歳時代の“後編”(セカンドステージ)について、これまでの日常とどんな感じに変わるのか、変わらないのかをお伝えしてきていますが、今回は「分からない」についてのお話です。

先日、東京藝術大学の卒業・修了作品展、通称「卒展」に行ってきました。私はアート鑑賞が大好きなので、新しい元気な才能に出会えるのが、本当に楽しいです。…などと書くと、偉そうに思われるかもしれませんが、現代アート(作者の方が存命中の作品としておきます)は、鑑賞していてもチンプンカンプン、つまり全く「分からない」というケースが、実はほとんどです。美術ファンを自認していながら、お恥ずかしい話かもしれません。


 「卒展」は、その点、作者である学生さんと直にお話できることが多く、「ねぇねぇ、一体これは何を意図して作ったの?」とか「これ、こんな風に見えるけど実際はどうなの?」等々、気軽にお尋ねできるのが良いのです。「おお、なるほど、そう言われれば分かる気がする」なんて疑問が氷解すると心地よいわけですね。まぁ、実際のところ、お話を伺っても引き続き??の場合も多いのですが、これが楽しい! 世の中に、自分の「分からない」こんな変わったこと(失礼…汗)に全身全霊をかけて打ち込んでいる人がいるというのが、不思議でもあり魅力でもあり。「分からない」っていいなぁと。

“役割”や“責任”は「分からない」を許してくれない

皆様は「分からない」状態と普段どう向き合っていますか? …質問からして「分からない」ですよね(笑) もう少し具体的にお尋ねしましょう。例えば、「分からない」と、素直に人に言えることはできますか? あるいは、「分からない」という事自体を避けたり、不快に思ったりしていませんか?

以前の私は、「分からない」に対してとてもネガティブでした。仕事上で、いやプライベートでも、何かを判断したりする際には「分からない」は“ご法度”でした。自分が理解できていないことについてYes、Noの区別はつけられないですし、何より、自分が知らないということがとても恥ずかしいような気がしていました。「分かるように説明してくれませんか」などと相手にせまったり、多少は知識があるように見栄を張ってしまったり、振り返ると、随分と格好悪い態度で「分からない」に臨んでいました。

でも、これは致し方ないことなのだとも思います。人を指導したり、決断を下して仕事を先に進めていかなければならかったり、何らかの役割や責任を負っている方は「俺、分かんねぇし」などとは口が裂けても言えません。信頼を失うだろうし、それこそ無責任と糾弾されそうです。よくある、お詫び会見での「私は知りませんでした」に対する世間の冷ややかな目を見ても明らかですよね。

「分からない」は次のステップへの準備段階

 一方で、この「分からない」には、力強い特徴もあります。まず、素直に人とコミュニケーションをするきっかけになります。作家さんと気軽に会話ができるのは「分からないので教えてください」という姿勢がこちら側にあり、相手もそれに応えようと思ってくれるからです。あるいは、「分からない」ことを認めることができれば、先行きの不安とか心配も「まぁ、分からないのだから、今できることだけやっとくか」と前向きに捉えることもできるでしょう。何より、「分からない」は、世の中にある、自分がまだ知らなかった、わくわくすることに出会う機会をつくってくれます。

この発想、セカンドステージを歩み始める50代としては、持っていたいですよね。嬉しいことに、そんな発想を持ちやすい環境が、向こうから否が応でも訪れてくれます。そうです、役職定年とか定年そのものとかです。これまで担ってきた役割とか責任が無くなることがこの年代から制度的に増えてくるのです。そのタイミングで、徒に黄昏れてしまう必要はなく、むしろ「ああこれで、堂々と分からないと言えるぞ♪」と喜んじゃうのが得策だということです。あなたの「分からない」をネガティブに他から攻められることは、もうありません。この辺り、前回のテーマだった「忘れる」にも通じますね。*前回のコラムはこちらから

「分からない」を楽しむ権利を、人生のセカンドステージで取り戻せたということです。いぇ~い!

あ、そうそう。「卒展」で「分からない」を楽しむコツの一つに気がつきましたので、最後に一言。それは「分からない」時には「何でしょうねぇ?」と言い換えてお尋ねすること。強面(こわもて)のおじさんが「分からん!」と声高に言うと否定と取られるみたいで、ここを間違って表現しちゃうと、「分かるように説明しろ!」と切れているおじさんとして理解されてしまいます。このコツは、ぜひ「分かって」おいてくださると良いかなぁと(笑)

<変わること> 「分からない」が言いやすくなる *表現の仕方は注意

<変わらないこと>  この世の中のほとんどは、自分の「分からない」ことでできている

臼井 清
合同会社志事創業社(しごとそうぎょうしゃ)代表

1984年より情報機器メーカーで、マーケティングを中心に国内外で経験を積む。2014年、ビジネス創出やキャリア開発に向けた“学び”をプロデュースする「志事創業社」を設立。「幾つになっても進行形!」(Age100.ing)をキーワードに、様々な「チャレンジ」を応援中。最近では“アートシンキング”のプログラム開発等、活躍の巾を広げている。

 

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