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2019
12/16

50代からが断然面白い!人生100歳時代と聞くと、正直気が重くなる人への処方箋【Vol.7】宴席が怖い? ~忘年会,新年会,そして同窓会~


人生100歳時代と聞いて、心躍る人はなかなかに少ないのでは。

ということで、ここはそんなあなたのために、現在進行形のシニアライフ(この言葉もそそらないけど)から見えてきた、あんなことこんなことのご紹介。

 

前回から引き続き、「変わるの? 変わらないの? 普段の生活」と題して、人生100歳時代の“後編”(セカンドステージ)が、これまでの日常とどんな感じに変わるのか、変わらないのかを、お伝えしていけたらと思う。

今回は、

「宴席が怖い? ~忘年会,新年会,そして同窓会~」

と題して、その“赤裸々な実態”をお伝えしようかと。勿論、自分の経験談に普遍性があるとは全く思っていないので、「そんなこともあるんだ」とか「こんな風に感じる輩(やから)もいるのか」ぐらいで、受け取っていただければありがたい。

宴席に呼ばれない寂しさ、宴席に出たくない気持ち…

昭和も遠くなってきたので、さすがに忘年会や新年会で予定がぎっしり詰まっている事を自慢げに語る人は少なくなってきたようだが、それでも「現役」(会社勤め)の頃と比べて、めっきりお声掛けが減ってきたことに、心痛めている方も多いのではないだろうか? 何やら、つき合いの範囲が急に狭まり、自分が相手にされなくなったような寂しさを覚える、そんな感じである。

一方で、最近はこのような書籍も売れているらしい。

『同窓会に行けない症候群』鈴木信行 著,日経BP社 出版

今の自分に「自信」が持てなくて、とても人前、特に昔見知った人間には会える気がしない…といった様子や理由などが書かれている。(理解が足りていなかったらごめんなさい) 同窓会と聞いて、ついつい悶々としてしまう方々も多くいらっしゃるということなのだろう。勿論、誰にでも昔から苦手な宴席というのは存在していて、気が進まない中で無理に参加していたという事もあったのだろうが、以前の「苦手」とは異なる理由で参加を躊躇してしまう自分に気がつくということなのだろう。同窓会を前に頭を抱えてしまうのは、“年相応に”誰にでも起きることなのかもしれない。

思い出話には「限界」がある…?

かくいう私も、高校の同期会の案内を先日もらって、出席するかどうか迷ってしまった。二十年以上前の同期会で、憧れだった女子に再会。相変わらずの素敵な様子に舞い上がっていたのだが、「あ、〇〇君が来た~♪」と、私との話を早々に切り上げ、ルンルンしながら立ち去られたことがトラウマとなったかどうかはさておき、今回はそれほど気乗りがしなかった。とは言え、同期メンバーの近況を直接聴くのも大切な機会と、なかば仕事に取り組む気持ちで(≒余計な期待は抱かず)参加することにした。

そして当日…、正直とても楽しい時間になった。体型は勿論、顔を見てもあまりの変貌にしばらく誰か分からない旧友と、当時の共通の話題で盛り上がる面白さ。「そんなこともあったけ~」と忘れていたエピソードが飛び交う、いわゆる思い出話に花が咲くという状態。陳腐な表現だが、青春時代を共に過ごした仲間と交わす会話の時間が、本当に心地よかったのである。

しかしながら、この心地よさ、一過性と言うかその場限りと言うか、長続きするものではなかった。翌日にはすっかり高揚感も薄れていた。まぁ、当たり前ではあるのだが、「思い出とともに生きていきます」というのはドラマの台詞にはあっても現実的にはまずない話。日々の生活の中で、今日と明日のことを考えて生きていくのが、人生というものだから。

そこではたと気がついた。あ、なるほど宴席に呼ばれなくて寂しいのも、同窓会に行くのを躊躇するのも、同じ理由なのだと。

「今」しか生きられない!

 人生を50年以上(近く)歩んできた我々には、積み重ねきた自分史というものがある。その中に誰が何と言おうと、ハイライトしたい「素敵な時間」があるのだ。この「素敵な時間(≒昔の輝いている自分)」と、現在(あるいは近い将来)として認識している自分の姿を、年齢を重ねるほどに、ついつい比較してしまう。「活躍していた自分」だったり、「あの頃なりたかった自分」と今の自分との比較で生じるギャップが、宴席を恋しくしたり、気後れさせたりする理由なのではないだろうか。「あの頃の自分ではない今の自分」「なりたかった自分になれていない今の自分」…。

そういうことであれば、処方箋はいたってシンプルだ。とりあえず、

「今」を頑張っておきましょう!

ということになる。「私はこうだったはずだ」「こういう自分であるべきだ」と、理想を掲げるのは勿論良いことなのだが、そこに自分で縛られる必要はない。何せ「昔」に戻って生活することはできないのだし、「将来」の素敵な自分にいきなりなれるわけでもない。むしろ、よくぞここまで来たよなと「今の自分」を認めてあげて、こらからも面白くしていきたいなと「今の自分」を楽しませてあげれば、宴席の話なんて“ついで”ごとに思えてくる。宴席の前に気にしなければいけないのは、「自分の体調」くらいではないだろうか。何せ、体力は「昔の自分」と比較して格段に落ちていることは、間違いないはずだから(笑)

<変わること> “宴席”に対して心乱されることが割に起きる

<変わらないこと> 自分は「今」にしか生きられない

 

臼井 清
合同会社志事創業社(しごとそうぎょうしゃ)代表

1984年より情報機器メーカーで、マーケティングを中心に国内外で経験を積む。2014年、ビジネス創出やキャリア開発に向けた“学び”をプロデュースする「志事創業社」を設立。「幾つになっても進行形!」(Age100.ing)をキーワードに、様々な「チャレンジ」を応援中。最近では“アートシンキング”のプログラム開発等、活躍の巾を広げている。

 

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