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2019
06/11

サムライも二足のワラジ!?江戸時代の副業・人気の仕事は?


副業・兼業という働き方について、正直あまりなじみがないという人はまだ多いかもしれません。その原因として、第二次世界大戦後の高度経済成長期に終身雇用の制度が一般化、その影響で多くの企業では副業を禁止し、タブーとして扱うようになったということが一つあります。逆に言うと、それ以前は副業という働き方はめずらしいものではありませんでした。

江戸時代のお城

下級武士の大事な収入源

武士といえば、主君に忠誠を誓い一心に仕えるというイメージ。そんな職業の人々が副業をしていたなんて、少し意外ですよね。しかし江戸時代は平和な時代。戦のプロである武士にとっては仕事の少ない時代だったのです。幕府からのお給料である俸禄は出ますが、幕府としても大した仕事のない人間に大金は払えません。

そこで困窮した下級武士たちは、手のすいた時間に副業を始めました。時代劇などで、傘やわらじを作るシーンが見られることもありますが、こういった内職も副業の1つです。また、武士ならではのスキルを活かした仕事として、剣術道場の師範があります。新選組局長である近藤勇が剣術道場を営んでいたのは有名ですね。他にも、高い教養を生かして当時の学習塾、寺子屋の先生になる武士もいたそうです。

農民の副業が発展し明治期の工場へ

江戸時代に貧しかったのは下級武士だけでなく、農民もまた重い税などで困窮していました。彼らはもっぱら内職を中心とした手工業にはげむことになります。これに目を付けた商人は、道具や原料を貸し出し農民を労働力として使うようになりました。

しかし、いちいち農民の家を回って原料を配って完成品を回収していたのでは効率が悪いですよね。だったら労働力を作業場所に集めたらいい、という発想から生まれたのが近代的な工場です。日本による工場の先駆けらしきものについては、江戸時代中期に足利や桐生などで民間の織物業者により経営されていたという記録があります。

近年、政府の働き方改革推進によって副業・兼業が奨励されています。未来の新しい働き方のようにも思えますが、実のところ副業の歴史はとても古いもの。ただ、昔の副業はもっぱら貧しさを解消したいという経済的な動機が主でした。

現代における、自分に合った働き方やライフプランの実現の手段として副業を積極的に利用していくスタイルは、まさに温故知新と言えるでしょう。